本投稿は、2019年クラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」との連動企画です。

えぶりシティに所属する市民(メンバー)がリレー式にブログを投稿、クラウドファンディング期間を盛り上げていきます。

本日は4月からえぶりシティ市民となった松田が投稿します!

えもやんさんの、作り手と使い手の記事にも通ずるところがあるなぁとしみじみ。


小さい頃から、手先指先を動かしてものをつくるのが好きだった。

素材だったものの形が変わって、ものになっていくところを見るのも好きだった。

つくったものについて、上手だねと褒められるととても嬉しかった。


実家には、おばあちゃんが裁縫のためだけに使っている部屋がある。

洋裁をしたり、農作業用のカッパをつくるところを、おばあちゃん子だった私はよく眺めていて、小学校に入ったころには何をつくるでもなくミシンを触らせてもらった。

テディベアに着せる服をつくったのは、ミシンだったか手縫いだったか…よく覚えていないけれど。


高校に入学したとき定額給付金でミシンを買った。

そして学園祭のときには毎年、十数人で120人分のパレードの衣装をつくる係について、ひたすらミシンを動かしていた。

パンツ一本をこんな速さで縫えるようになった、袖をつけるのは難しいけれどどんどん上達していく、という楽しさはあった。

けれど、持ち帰りは禁止されていて、とにかく時間との戦いで、最後はどこのチームも両面テープや安全ピンで仕上げるような状態だった。

「服をつくるというのはとても大変だ」と知った。


大学ではファッションサークルというものに入った。

ファッションショーをすることが目的のサークルで、自分はショーをやりたいと思っていたわけではなかったけれど、

「服をつくること」について話せる仲間が欲しかった。

ショーのための服は、「ステージに立てばわからないから」とやはりここでも両面テープや安全ピンが使われていたり、

ショーが終われば行き場がなく捨てられるだけ、ということもあって切なかった。

そのなかでも、もともと洋裁が好きという人は、自分で縫ったワンピースを着ていたりして、話が盛り上がった。

日常着・普段着となるとサイズ感や縫製の綺麗さ、洗濯への耐性も必要で、つくるのは本当に大変で難しいと感じた。


新卒から今まで私は小さなアパレルブランドで勤めている。

3年前の今頃、初めての夏セールが終わって、売れ残った商品の山をみんなで仕分けた。

次のセールでまた売るものと、廃棄するものに。

そのときの衝撃と悲しみは忘れられない。

たった2,3ヶ月前につくられたばかりのその服を捨てるの?

たくさんつくったために、お客さんの目にも触れずストックで眠っていたその服を捨てるの?

…服を1枚つくるのは、すごく大変なのに。


私は、服をつくることを仕事としている人たちのことを、とても尊敬しているし、素敵だと思っている。

もちろん、その服の材料である生地や糸、その原料をつくる人たちのことも。

だから、アパレル業界で工場の存在が軽視されているように感じることが多くて辛かった。

つくられた服の半分が廃棄されているという事実が悲しかった。


そうした感情に蓋をして働き続けて今年の春。

EVERY DENIMに再会した。

大学時代に聞いたことがあったけれど…という程度の認識だった。

このタイミングで彼らのしてきたこと、していることを知ると、応援せずにはいられなくなった。

生産者に対する尊敬と、消費者に届けたい、距離を近づけたいという思いに感動した。

そして、つくり手と繋がれる街「えぶりシティ」にとても魅力を感じて市民になった。

ここでは、想定していた類とは別の、それ以上の楽しさや喜びを味わうことになっているけれど、それはまた別のタイミングで語ろうと思う。


とにかく、つくり手と使い手の間にいる者として、また使い手として、今は心温まる光を見ている。


ぐだぐだと言葉を綴ったけれど、もう一度。


服をつくるということは、とても難しくて、とても尊いことなんだ。



ただいまクラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」を実施中です。ぜひ一度サイトご覧ください!!
https://readyfor.jp/projects/everydenim