本投稿は、2019年クラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」との連動企画です。

えぶりシティに所属する市民(メンバー)がリレー式にブログを投稿、クラウドファンディング期間を盛り上げていきます。





こんにちは!
えぶりシティで「喫茶えぶり」というプログラムを担当している笹田です。

もともとは市民として参加していたのですが、もっとたくさんの人と関わりながら楽しめるといいなあと思い始めたことがきっかけで、企画の運営まで携わるようになりました。


えぶりシティの街並みはとても好きで、みんな仲良しだし、ほんといい人多いなあ〜といつも心のなかで思っています。

普段はコーヒー屋のマネージャーをしていて、京都にお越しの際はぜひ声をかけていただければとても嬉しいですー!
近くには出町ふたばさんという、おいしい和菓子屋さんもあります✌🏻

「心を満たす生産と消費」というテーマで何の話をしようかと考えていたのですが、


先日同じ市民のYOSHIさんのブログからインスピレーションを受けて、「手間をかけて作る」ことに関して、お店に立っているなかで普段思うことを書こうと思います。


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コーヒーを飲みにくる人には、さまざまな理由があると思う。

ゆっくりお喋りがしたい人や、おいしいコーヒーを飲みたい人。
最近だとめっきり暑くなったので、ちょっと休憩として涼みにいらっしゃる方も。

けれど、どの理由も特定のお店である必要性はなく、たくさんのお店があるなかで、なぜお店にまた足を運んで下さるのだろうかと不思議に思うことがあった。

京都は特にコーヒーの消費量が全国でも一番多いこともあって、古くから日本茶や喫茶の文化が根付いたこの街では、お茶をするという習慣があるのかもしれない。

お家で楽しむのはもちろんのこと、お店までわざわざ出かけ、語らい、楽しむことがお茶をするというひとつのパッケージになっている。この”わざわざ”という感覚が大切で、外に出かけるという億劫さを糧にして、その後の体験の満足感を大きく向上させるのだ。

旅行をするという行為も、きっと遠くに出かけるからこそ意味があって、物理的な距離が遠ければとおいほど非日常という特殊なフィルターは効果を発揮する。まあまあ美味しいくらいの料理でも、この”わざわざ”にかかれば、ご飯を食べるという体験は魔法をかけられたように飛躍するからおもしろい。



作り手における”わざわざ”というのは、その人の手間であり、想いであり、かけた時間である。そこに価値があって、ぼくたちはそれに見合う対価を支払っている。「にんじん」よりも「無農薬にんじん」の方が価値が高いように思えるのも、”無農薬”という部分にわざわざを見出しているからなのだろう。

「わざわざを魅せる」ということもひとつの手法で、コーヒーを一杯ずつ丁寧に淹れるという一連の動作を見せることはまさにそれに当たる。


お茶や、舞台などでも一連の形式のような型があるように、その作品そのものだけではなく、型を楽しむという体験も含めてお茶(茶道)であり、舞台なのだ。

「わざわざを経験する」ということも大切で、その大変さや苦労を身をもって知ることが、その価値の認識を大きく変える。


お料理も、自分で作ると野菜の下処理に、味付けの塩梅、片付けや洗い物まで本当にさまざまな苦労があることを再認識させられる。実体験があれば、料理を作ってくれるひとのすごさを改めて理解することもできるのだと思う。



このような体験は、無機質で文脈のないやり取りでは見ることができない。コーヒーを買う。服を買う。料理を作る。それぞれの行為には複雑な温かさを内包していて、その温もりにぼくたちは惹かれてしまうのだ。

「わざわざを魅せる」ことで届く生産と、「わざわざを経験する」ことで見える消費。

そしてその中間を担い、伝える人の大切さ。

どちらの手間にもたくさんの想いが込められていて、さまざまな立場になり、いろんな人と関わるなかで心を満たしていきたいと思った。


何かを届けるという行為には気持ちが込められるもので、たとえそれがお金と交換されたものであったとしても、付加価値は必ずついてくる。


特にコーヒーを淹れるという、特定の相手に向けて作る行為であればなおさらだ。

また来たいと思ってもらえるように、美味しい以上のコーヒーを届けたいといつも思う。





ただいまクラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」を実施中です。

ぜひ一度サイトご覧ください!!
https://readyfor.jp/projects/everydenim