本投稿は、2019年クラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」との連動企画です。 えぶりシティに所属する市民(メンバー)がリレー式にブログを投稿、クラウドファンディング期間を盛り上げていきます。
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こんにちは、和代です。今回5回目の投稿になります。リレーブログの担当、最後の今回は、私の母の手づくりについて書きたいと思います。

私の母は昭和1ケタ生まれ。もちろん第2次世界大戦も経験していて、神戸の街中が戦禍に見舞われたことも、食べるものがない経験もしています。そこから高度経済成長に結婚し、子育てをしました。世の中にどんどんものがあふれていくようになっていく時代に向かってはいたものの、自分の好みにあったものがなければ自分で工夫して「つくる」、そんな時代だったのでしょうか。

私が物心ついた頃、もちろん服だってお店に行けば売っているし、サイズもあったはず。でも私はよく母の手づくりの服を着ていました。その方が安あがりだったのかどうか、今母に尋ねても記憶が怪しいばかりです。小学校高学年くらいになると、よく三ノ宮駅の高架下に並ぶ生地問屋さんを巡り、気に入った生地を買って、私の好きなデザインで服をつくってもらいました。中でも一番覚えているのが、フレアのたっぷり入ったスカート。テレビでドラマのヒロインが、草原の上に座った時、スカートが彼女のまわりに円になって広がったのです。「お母さん、私にもあんなんつくって!もっといっぱいフレアが入って、くるっと回ったらフワァ~って広がるの」。結果8枚ハギの、裾をつまんで横に上げると腰の高さより高く持ち上がる、超お気に入りの花柄スカートが出来上がりました。なるべく薄い生地を使ったものの、少々重かったのを覚えています。

母の手づくりは服だけではありませんでした。食事も丁寧につくってもらいました。忘れもしないのがお正月のお雑煮づくり。例年大晦日だけは子供も夜更かしが許され、紅白歌合戦を最後まで見た後に家を出て、神戸港に停泊している船が零時丁度に鳴らす汽笛を聞きながら神社に初詣に行きました。なので、元旦の朝は少しゆっくり起きてお雑煮をつくります。小学校に入った頃から、鰹節を削るのが私の担当になりました。おせち料理は前日までにつくってあるのですが、お雑煮ができないと食べられません。一生懸命、大工さんがカンナで木を削るように、鰹節を削りました。

夏になったら素麺です。干した小エビと椎茸でつゆをつくってもらいました。時には出し殻である小エビや椎茸も一緒に具のようにして食べました。もちろん地域で材料に差はあっても、今のようにできあいの出汁の種類が豊富で、なおかつ安全が確保されているのか怪しかった時代、料理をする時に出汁からつくるのが当たり前だったのでしょう。

前回のブログの時に少し触れたのですが、私の両親は幼い頃に両親を亡くし、祖父母や親戚に育てられました。なので、母はいつも自分がきちんとした教育を親から受けていないと言っていました。それでも多分、見よう見まねだったとは思いますが、洋服作りや食事など、仕事をしながら私達を一生懸命育ててくれました。つくってもらったものの記憶。それはつくってもらっている間、まだかまだかと待っているもどかしい時間を含め深く心に残っています。

合理的にスマートに、効率よく生きることが格好いい時代。えぶりシティの市民の中に「10年ほど前、つくり手・クリエーター・作家が集まるマーケットを訪れ、モノを購入する際、つくり手や産地、背景が知りたくなった」と書かれた方がいました。私はこんなに丁寧に育ててもらったのに、そんな視点でモノを見たことがなかったと改めて気づきました。いわゆる「バブル最盛期」に20代を過ごした私達世代、若い人達から学ぶことが多いなぁ~と思う今日この頃です。

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