本投稿は、2019年クラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」との連動企画です。

えぶりシティに所属する市民(メンバー)がリレー式にブログを投稿、クラウドファンディング期間を盛り上げていきます。


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こんにちは!
喫茶えぶりの笹田です。

コミュニティという形をはじめて、約一ヶ月が経つころだと思います。
新しく参加してくださった人も、もとより一緒に楽しんでくださっている人も、本当に感謝しかありません。

自分の力不足もあり、まだまだ出来ていないこともたくさんありますが、参加してくれている皆さんが楽しそうにしてくださっていることが救いのように感じています。

思えば企画から製品まで全てを行い、多数の人たちに届け、感謝してもらえるという行為ははじめてのことでした。

坂ノ途中の安田くんからコーヒーの生豆を買い付けて、旅の音珈琲の北辺くんに焙煎機を借りて、さまざまな備品を用意して、えぶりシティのデザインを担当している当田さんにロゴを作ってもらって、、

そして島田くん、山脇くんがぜひ一緒にシティで楽しもうと仰ってくださった一言がきっかけです。



いろんな人たちに支えられる感謝の気持ちと、それに応える難しさ。

何をとっても自分自身の価値観と、どこを線引きとして良しとするのかという戦い、そして何より自分の内にある引き出しと常に対峙しなければなりませんでした。

けれどそうした毎日はとても楽しく、ときには普段の仕事をおろそかにしながら(すみません)、優先して時間の許す限りのことをしてきたような気がします。

本当にこれで満足してもらえるのか、コミュニティに参加して良かったと思ってもらえるのか、いつも心に問いかけ続けるようになりました。

いろんな感情が巡るなか、なぜこれほどまでに難しく、そして楽しいのか考えてみることにしました。



一つは、リアルでしか共有できない体験を届けているからではないでしょうか。

僕はお店ではいつも自分で淹れて美味しいと感じたものをお客さんに提供していましたが、焙煎したコーヒーを届けるという行為と、美味しく淹れたコーヒーを提供するという行為はそもそも全く違うものなのだと気づきました。

どれだけ上手に調整できたとしても、みんなが美味しいと感じたコーヒーを実際に飲み比べたりすることはできないので、そこにもどかしさを感じるのでしょう。


だからオンラインでの集まりでも、実際に会って楽しむイベントというのも必要で、いつかみんなでコーヒーを飲みあいながら話ができるといいなあと思っています。




そして二つ目は、コンテンツが良くてもコミュニティとして満足してもらえる訳ではない、ということです。

これは難しい問題で、必ずしもコーヒーの品質が良い = コミュニティ全体としての満足には繋がらないのではないかと考えています。ただ品質の良い商品が毎月送られてくるだけでは、コミュニティに参加している意味はありませんもんね。

だからこそ、コミュニティである以上はコーヒー豆が届くというコンテンツ以外の付加価値にもっと着目しなければならないのですが、それはとても難しいことだなあとひしひしと感じています。


どうすればコーヒーでも、それ以外でも楽しんでもらえるのかということは常に考えていて、喫茶エブリとして新しくはじめた「みんなの街の本棚」企画もそのひとつ。

もともと本がとても好きなこともあって、街のみんなが好きな本を紹介しあうことを通してその人らしさが垣間見えたり、改めて自分について立ち返るきっかけになるといいなあと思い立ちました。

その本を手に取ったエピソード、読んでみた感想、どういう心境の変化があったのか。そうした一つひとつの背景には、その人を形作ってきたものがきっとあるはず。

けれどただそれを企画としてやりましょう!というだけでは響きにくいので、伝えたいことを物語という器に入れて、みんなでひとつのストーリーを作るという設定にすればいいのではないかと考えました。

そうすれば共感を生みやすく、本に興味のない人にも参加を強要されない、誰でも気軽に楽しめる雰囲気を作れるのではないかな〜と考えながら進めています。




余談が長くなってしまいましたが、この二つのことについて考えると同時に、ふとこのブログのテーマにもある「生産と消費」という言葉の違和感に気づきました。

果たしてこの「コーヒーを焙煎して届ける」ときに生じる感情と、みんなが「コーヒーを淹れる」という体験は、生産と消費といういかにも人間的で、ある意味機械的なこの行為に当てはまるのでしょうか。

そもそもの”生産”という言葉に付随する、不特定多数のニーズを満たすような印象。
そして”消費”という言葉に感じる冷たさには、自分の中に何も残らないような無機質さがあるような気がします。

(もちろん遡って農作物としてみるコーヒーであれば、生産という言葉に何も問題ありません)

この違和感のひとつに、コミュニティという空間内に限って言えば、「生産と消費が線で結ばれている」ということがヒントになっているのではないかと考えました。





一般的なお店のように誰かのために”生産”をして、たくさんのなかからひとつを選ぶのではなく、その人のために心を込めて作るのです。コミュニティであるからこそ相手が見え、みんなでコミュニケーションをとり、互いに気持ちを受け取ることができる。

相手が見える関係性であればきっと”消費”しようとは思わないし、そこに注がれる感情にはいつもとは少し違う温かさが加わっているのです。



この喫茶エブリに参加してくださっているみなさんには、毎月ごとにコーヒー豆をお届けしています。勿論みなさんはそれを消費するのですが、果たして本当にそれは”消費”されるのでしょうか。

言い換えれば、そこには何も残らないのでしょうか。

僕は”何か”が残ると思っています。
そしてその”何か”こそが、共有するたのしい体験や心地のよい時間であり、消費されるまでの過程であり、”満ちた心”なのではないでしょうか。



コミュニティという関わりであったからこそ、届けることができた”何か”がきっとある。

だからこそ人の温かさが感じられる関係性がとても大切で、これからもたくさんの人と一緒に喜びやたのしみを共有し、携わっていけるといいなあと思っています。

健やかな消費のあり方をみんなで模索すると同時に、
えぶりシティという素敵な街を、みんなと一緒にこれからも築いていけますように。



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ただいまクラウドファンディング「47都道府県旅の終着、デニム兄弟がジーンズの街に拠点をつくる」を実施中です。

あと残り7日間!!!
ぜひ一度サイトご覧ください!!
https://readyfor.jp/projects/everydenim